これから全力で生きてみようと思う

自然と人を惹きつける魅力がある人

自然と人を惹きつける魅力がある人って何が違うのだろう。

 

話が上手いから?ユーモアセンスがあるから?リーダーシップがあるから?確かにどれも間違っていない。しかし、これらを1から身につけようと思ったらかなり時間がかかるだろう。

それか生まれ持った才能か、育った環境に影響されたか。あるいはその両方か。

 

そんな人を惹きつけるということ。もしかしたら、才能などに影響されず誰にでもできる方法があるのかもしれない。

それは「何かに本気(ひたむき)になる」ということ。

やる気と本気

僕の尊敬する人の1人に中村文昭さんという人がいる。中村文昭さんの数ある名言のうち一つにこんな言葉がある。

 

「やる気がある人は多いんですよ、でも本気じゃないんです」

 

僕はこの言葉を聞いた時、「確かにな」と思った。好きなことをやっている時と、困難な目標に向かって突き進んでいる時。後者の方がなんとなく「冷めている」のだ。「のめり込む程の情熱が無い」と表現してもいい。

 

「〜をしなければならない」と考えてしまっているせいか、義務によって動かされているようなもっとこう、「本気」になった時は腹の底から「やりたい」という衝動に突き動かされるような感覚に陥るのだ。

 

一日中モンハンのこと考えて授業中も「今日は何狩ろうか」「どんな防具と武器の相性がいいだろうか」なとと頭の中でモンハンをプレイ(シュミレーション)してるような感覚。

 

目標に向かって突き進んでいる時も、諦めるつもりはさらさらない。でも、モンハンほど頭の中を支配されてまで積極的に動こうという欲が出ないのだ。

Twitterに現実逃避

挙句、「〜ねばならない」と自分を縛ったせいでTwitterに現実逃避する。

完璧主義なあまり、「〜ねばならない、できなかったらどうしよう」と考えてしまっているのだ。気づけばTwitterを意味もなく開いて30分、1時間…。。

 

時間が経つと今度は自己嫌悪に入る。「〜をしなければならなかったけどできなかった。なんでやってないんだ俺」と、自分を責め始め、どんどん身動きがとれない悪循環に入っていく。

 

もう、そんなのやめにしたい

 

話が逸れてしまったが、要は僕自身、「やる気はあるけど本気じゃない」状態なのだ。

恐らく多くの人が同じような状態に陥っていることだろう。没頭できる趣味がそのまま仕事になる人は少ない。

 

僕自身、子供の頃は毎日のようにゲームに没頭して遊んでいた。が、プロゲーマーになりたいかといえばそうは思わない。(楽しそうだけど)趣味は趣味のままでいいことだってある。

本気になった者にしかわからないもの

でも逆に言えば、自分の持つ目標に対して「本気」になることができたら、どんな世界が見えるのだろう。「本気になった者」にしか分からないものがあるのだとすれば、やらない理由は無い。

 

僕はそれを体験してみたい。

 

「本気」になったことによってそれが僕の人生にどんな変化をもたらしてくれるのか。「本気」な人を周りが応援してくれて不思議なご縁があるのか、そこに到達した者にしか見えないものがあるのか。俄然興味がある。

 

特定のことだけに対して本気と適当を分けられる程僕は器用じゃない。だから、全て全力で生きる。目の前にあることを全て全力でやる。これまでの自分を、周りの予想を超えてやる。

7日後に死ぬボク

言い換えると、「7日後に死ぬボク」と思って生きる。「明日」でもいいが明日だと実感沸かないしもう終わりだと悟ってしまっては何もできない。

 

だから、「7日後に死ぬとしたらどうやって俺は爪痕を残すだろう」そんな生き方をしようと思う。

間違っても「僕7日後に死ぬんです」なんて言って同情を誘って爪痕を残そうなんて思わない。自分の実力で爪痕を残すのだ

 

今日のバイトもめちゃくちゃ頑張った。朝はピッキング(注文されたリストの商品を選んで箱に詰める)作業でそこまでキツく無かったけど、昼から「ピッキングして商品詰めた箱を積む」っていうなかなかキツい肉体労働だった。

 

その作業が終わった後はまたピッキング。大体疲れから作業スピード落ちてしまっているが、今日は「やる気があっても本気じゃない」の言葉がふと頭によぎった。

 

「これじゃダメだ」そう思った僕は足取りの重い体に鞭打って走り出してみた。そしたらかえって不思議なことにどんどん体が軽くなっていく。(気合入れてアドレナリンが出たとかかな?)

 

ちなみに、以前の僕はピッキング作業中はぼーっと考え事しながらほてぼて歩いていたから他の人に比べてスピードも 遅い〜普通 の間くらいのもんだった。

 

「これなら残業もできそうだ」僕がそう思いながら走っていると社員さんが聞いてくる。

社員「ツバキ君?今日何時まで?」
ぼく「7時までです」(定時は6時)
社員「ハァァーン どしたァーん」(見直してる風)

 

何かが変わった気がした

 

また別の社員さん

社員「ツバキ君今日何時までいるん?」
ぼく「7時までいます」
社員「頑張るねぇ〜」

 

また一つ、何かが変わった気がした

自分の限界を自分で決めていた

この1時間あまりの間に、「自分の限界を自分で決めていた」ということに気がつく。あんなに重かった足が、心持ち一つで軽々と走れるようになってしまった。つまり、気の持ちようだと。

 

この「自分の限界を自分で決めていた」ということ、ブログにも当てはまると思った。どうしても一日多くて5000文字も書けば疲れて頭が回らなくなってしまう。早い時で1300文字。支離滅裂な文章ばかりが頭に浮かぶ。

 

しかし、支離滅裂だっていい。あえて書くのだ。辛い時にあえて書くことによって「限界」が引き上げられる。思い切ってアクセル踏んで書きまくるとアドレナリン出てめっちゃいい文章書けるかもしれない

 

長距離走で例えるとプロだって走れば疲れる。でも、プロは体や基礎体力ができているので「辛いけどまだ走れる。続けられる」という状態になる。

しかし体や基礎体力ができてない初心者は早くから足取りはどうしても重くなるし前に進めなくなってくる。

 

僕はまだ「文章を書く基礎体力ができてないんだ」ということに気がついた。だから、基礎体力を増やすために「これ以上は無理かな」と思ってからあえてどんどん書く。そこからが勝負。

 

「毎日2000字でも書いてたらいつか5000字も余裕になってくるだろう」と思っていた。違う。できないことに挑戦して壁にぶつかって、その苦痛に耐えるからこそ成長できるのだ

 

「同じ脚を使った走りだし、長距離走行やっとけば短距離も早くなる」と思ったら大違いだ

 

この「全力で生きる」ということをもっと長い期間やるとどうなるのだろう。今日だけでこれだけの多くの気づきを得られた。数年後の自分にはなにが見えているのだろう。

 

これからが楽しみだ

今回はこの辺で!ではさらばっ

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