生きる目的・理由が分からない!そんな時に一度考えるべきこと

生きる目的・理由が分からない。そんな時に一度考えるべきこと。

山を走り回る羊

自分の生きる理由や目的ってなんなんだろう…。

このような疑問は誰しも一度は持ったことがあるのではないでしょうか。

 

いきなりそんなことを考え出してもどうすればいいのかわからない。当然ですよね。

例えるならモノクロの時代の映画に色を付けるくらい革新的なことだし簡単なことではないでしょう。

ツバキ
「生きてるだけで丸儲け!」なんて言われても実感湧かねぇ!!
このページを開いてくれた人は
  • 生きている目的が分からない
  • 生きる理由が分からない
  • なんだか空っぽな人生で「自分はこのままでいいのか…」という漠然とした焦りがある

といった悩みを抱えた人が大半でしょう。

 

ちなみに残念ですが最初に言っておくと、僕はこの悩みを直接的に解決してあげることはできません。

でも一度自分を見つめなおすいい機会になるかもしれないので読んでもらえると嬉しいです。

 

生きる理由を探すことが目的になってない?

地球を指さす4人の人

 

生きる理由を探す前に、生きる理由を探したい理由を探しましょう。

有名になってちやほやされたい?知り合いや友達と自分を比べて「俺はなんてダメなんだ…」という気持ちを消したいから?

 

これが分かるだけでも自分と向き合えている証拠ですし、自分がどの方向に動いて行けばいいのか見定めやすくなります。

 

「今まで何となく生きてきて来たけどこのままでいいのか漠然とした恐怖がある…」

という悩みは恐らく、周りの人間と自分を比較したか、昔描いていた「自分の将来のイメージ」と今の自分がかけ離れているからである可能性が高いです。

 

これは人によって全く変わってくるので、誰の言葉でどんなきっかけでこの悩みを持ち始めたのか、よく考えてみてはいかがでしょうか。

 

僕の場合(学生~社会人)

まず僕が最初この問題にぶち当たったのは思春期。(中学生)

今までなんとなく友達と遊んで、なんとなく飯食って寝て…というのが当たり前だった生活。

そんな中、思春期に入り周りの人に得意なこと・個性が少しずつ形になってきたせいで

ツバキ
俺って何が得意なんや…
自分に目立つ個性などが無いことに気後れしてしまい、
目立たない人=居ても意味の無い(存在感の無い)人。
といった錯覚を覚えてしまい「俺が生きてる意味って?」と考えたのが始まりでした。
高校生になってさらに周りに個性が強い人が増えた結果、日に日にその思いは強くなっていきました。
社会人になってからは仕事のモチベーションも無く、上司のパワハラも酷かったです。
しかも会社まで車で1時間半。夜は混むので一日に3時間以上もの時間を通勤に使っていました。
毎日朝5時に起きて8時に帰るという会社を往復する日々。
ツバキ
会社に身を捧げたい訳でもないのに、なんでこんなことしてんだろう。
俺ってなんのために生きてるの…。。。
ちなみに睡眠時間をしっかりとれてなかったり、ストレスが溜まってしまっているとどうしてもネガティブなことを考えてしまうものです。
休みの日にはなるべく自分を労わって休ませてあげましょう。
会社に奪われた時間の分遊びたいのも分かるけどね!

周りの人間との比較の場合

草原を走る羊

  1. 中学生まで何となく生きてきたけど、高校になって目立つ人、個性が強い人が増えて「自分には何もない」と思ってしまった。
  2. 同窓会で久しぶりに友人と会ったら出世(結婚)していて今の自分がダメ人間のように思えた
  3. 今までなんとなく生きてきて、過去を振り返ってみたけど何もない。このまま年を重ねて大丈夫なのかと漠然とした不安がある

 

こんな悩みを抱えた人に考えて欲しいのは「比べて何になるの?」ということです。

 

本当の目的はその人に勝つことでしょうか。違うはずです。

 

自分は自分でいいじゃないですか。

比べて落ち込んだってなにも変わらないし、何も生み出さない悩みに捕らわれてあなたの大切な時間を使うのがもったいないです。

 

実際、そういった悩みのせいで本来楽しめるはずの時間を悩んだり、楽しめなくなるのは本当にもったいないです。

一度開き直って、「本来楽しめる時間」を楽しむことができれば、悩みが解決するかもしれません。

 

会社や学校で頑張っているのに、休める時間まで休めなくなってしまったら段々とふさぎ込んでいってしまうのは当然です。

 

将来に漠然とした不安がある・過去の自分とギャップがある場合

落ちる日を眺める男の子

 

なんとなく自分が空っぽで薄っぺらい存在で、他の目立っている人を見ると「自分って大した人間じゃないのかな…」と思ってしまう。

  1. 今まで何となく生きてきたけど、このままでいいのだろうか。何も進歩していない自分が周りにおいてかれそうで怖い
  2. 昔描いていた自分の姿と今の姿が全く違う。でも他の知り合いは自分よりぐんぐん前に進んでる。自分は大層な理想を掲げるだけのダメ人間だったのだろうか。

 

実はこれも上記の「人と比較した場合」と根本的には同じです。

 

その不安になる比較の「基準」の元となっているのは周りの人たちの常識ですね。

「周りが頑張っていたら、自分も頑張っていないとなんかまずいんじゃないかと思ってしまう」

ということを感じる必要性はありません!

 

もちろん必要があるなど努力などをする必要がありますが、それを他人の価値観で決めるのはまずいです。

なぜなら、いつだって上には上がいるからです。

 

自分で「ここまで出来たらいい」という境界線を作らないと上に行っても行っても待っているのは絶望で、一生終わることがありません。

あくまで他人基準ではなく、自分でどうするべきなのか決める必要があります。

目的なんか無くていい、得意不得意も性格も違う

親し気な3人の女性

産まれなくてもよかった人なんていない

どんな人だって得意不得意があります。

どうしたってクラスって枠組みに40人ぶち込んだら性格のすれ違いは起きますし、同じ職場で同じ仕事内容をしたら成果に差が出るのは当然ですよね。

 

でも何も得意なことができない人なんていません。ただ単純にそれに「出会う機会が無かっただけ」です。

言い換えれば、不得意であることによって初心者に教えるのが上手かったり(初心者の気持ちが分かる)します。

後はそれに出会うことができる機会があるかどうか、気付くことができるかどうかということですよね。

 

(最初の表現を使うと)これを読んだ方が、自分の生活の色を付けることに少しでも関われたなら嬉しいです。

秘境に来た女性
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